大ヒット中の映画『君の名は。』を観~「ミュージック・ビデオ」に潜む罠 番外編〜

こんにちは、arrowです。
この文章は、前回3連続でアップした〈「ミュージック・ビデオ」に潜む罠1-3〉の〈番外編〉として読んでもらえればと思います。

少しネタバレも含みますので、未見の方はお気をつけください。

 盤石の布陣、満を持して。

新海誠監督のアニメーション映画『君の名は。』を観て来ました。

現時点で興行収入145億円突破の〝超メガヒット作品〟です。

 

監督の新海誠さんは、2002年に『ほしのこえ』で劇場デビュー。

監督/脚本/作画/編集までほとんどの作業をひとりで行っている
(にも関わらず異様にクオリティーが高い)
ことなどが話題を呼びました。

「アニメ、漫画、ゲーム、ライトノベルなど、日本のサブカルチャーの諸分野に置ける物語の類型の一つ(ウィキペディアより)」として今やすっかり定着した、いわゆる〝セカイ系〟作品の走りとしても知られています。

その後『雲の向こう、約束の場所』(2004年)、『秒速5センチメートル』(2007年)、『星を追う子ども』(2011年)、『言の葉の庭』(2013年)と順調にキャリアを重ね、今年、「新海作品としては初めて製作委員会方式をとった(ウィキペディアより)」東宝の〝大作映画〟『君の名は。』を満を持して完成・公開させたわけです。

新海誠さん自身、「東宝さんには大舞台を用意して貰った」と語る通り、その布陣は盤石でした。

 

プロデューサーに川村元気さん。
映像をやっている人ならば、この時点で「ああ〜」となるはずです。

若干26歳で映画『電車男』を企画・プロデュースし興行収入37億円を記録。その後も『告白』『悪人』『モテキ』『寄生獣』『バケモノの子』『バクマン。』などこうして並べてみただけでクラクラしてしまうほどの大ヒット作品ばかり手がけています。

『君の名は。』以降も、『怒り』『何者』など川村元気プロデュースの話題作が目白押しです。

平成の角川春樹みたいな人ですね、、、。

作画監督に安藤雅司さん(『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』)。

キャラクターデザインに田中将賀さん(『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』)。

音楽に大人気ロックバンドのRADWIMPS。

 

君の名は「ミュージック・ビデオ」?

 

さて、肝心の内容ですが、、、

結論から言うと、私はあまり好きではありませんでした。

「よくない」ではなく「好きでない」なのは、アニメーションのことはそこまで詳しくありませんが、上に並び立てた通り、伊達に「日本を代表するスタッフ」が集まってはいないなと感じたからです。

映像は綺麗だし迫力がありました。凄まじい技術力、なのでしょう。

 

そういう意味では「よくなくはない」映画なのだと思います。

でも、どんなに美しい肉体があったとしてもそこに〝魂〟が宿らなければ人間ではなく人形でしかないように、

どんなに壮麗な映像があったとしてもそこに〝物語〟が宿らなければ映画ではなく、、、。

、、、。

どうしても、ここで少し口ごもってしまいます。

 

でも言います。

『君の名は。』は映画ではなく、壮大なミュージック・ビデオ(以下、MV)のように感じました。

 

口ごもった理由は、既に何度か書いている通り、私はMVが大好きだし自分でも依頼を受けて制作しているからです。

だから、映画に比べてMVが劣っているなんてことは口が裂けても言いたくありません。そんなの、小説と漫画どちらが高尚か言い合いをしているようものです。くだらないことです。

また、映画にMVの手法を取り入れるのも、MVに映画の手法を取り入れるのも、とても実験的で面白いことだと思っています。

でも、『君の名は。』に関して言えば、前回の文章で書いた「MVっぽい」MV、「気持ちいい」に身を委ね過ぎたMVのように感じたのです。

 

冒頭からして、RADWIMPSの音楽に乗せて、深夜アニメのオープニング映像のようなものが流れます。

映画の冒頭でテーマソングが流れるのはよくあることですが、

大概それは〝物語〟のなかにきっちりと組み込まれていて、

例えば主人公が車でどこかに向かっており、曲が終わると同時にそこへたどり着く、、、みたいな感じが多いのですが、

『君の名は。』のそれは完全に〝物語〟から断絶された、「あってもなくてもいい」オープニング映像でした。

30分アニメのOPって、これから展開するシリーズのダイジェストっぽくなっているけど、その日放送される〝物語〟とは別に関係ないですよね。

なくても〝物語〟、始められますよね。まさにあれなんです。

あれを、2時間の映画の最初にやってしまうことに、私は結構びっくりしました。何を描き何を描かないのか、1分1秒が惜しまれる2時間映画で、です。

(因みに新海誠さんが好きなアニメ『とらドラ』のOP。

キャラクターデザインで『君の名は。』と同じく田中将賀さんが参加しています。

 

それから、中盤、主人公とヒロインの距離が(離れてはいるのだけど)縮まっていくような場面でも、同じ手法を用いていました。

要は2度目のオープニング映像が流れるわけです。

その音楽も勿論RADWIMPS、言わずと知れた『前前前世(movie ver.)』です。

 

君の前前前世から僕は 君を探しはじめたよ

そのぶきっちょな笑い方めがけて やってきたんだよ

君が全然全部なくなって チリヂリになったって

もう迷わない また1から探しはじめるさ

むしろ0から また宇宙を始めてみようか(RADWIMPS『前前前世』)

 

歌詞もなかなかに強烈というか、深夜アニメの主題歌っぽいというか、、、。

「君」との関係性を重視するあまり「僕」が宇宙の歴史の改変を提案してしまっているあたり、新海誠さんの代名詞である〝セカイ系〟を意識して作ったのかもしれませんね。

 

でも、何よりも引っかかったのは、「主人公とヒロインの距離が縮まっていく」最も重要な場面ですら、RADWIMPSの楽曲に乗せてテレビアニメのOP風に、もしくはMV風に、「ダイジェスト」で表してしまっていたところです。

 

そのせいで、私はどうしても主人公の瀧と三葉がいつ・何をきっかけにしてお互いを想うようになったのか分かりませんでした。いや、分かるのですが、、、その「想い」がとても薄っぺらくなってしまったように感じたのです。

 

映像を −− 〝物語〟を音楽に乗せて「運んでもらう」のはとても楽な行為です。

前にも書いたかもしれませんが、

映像(強大な力)×音楽(強大な力)=絶大な効果、で、

受け取り手を、いや作り手すらも、ものすごく「気持ちよく」してくれます。

 

それが如実に表れている新海誠さんの過去作品があります。

Z会のCMで『クロスロード』という作品です。

新海さんは、この作品が『君の名は。』のセントラルアイディアになったと語っていました。120秒と短いのでご覧ください。

いかがでしたか?

CMとしては一流の部類に入るかもしれません。

映像は綺麗だし、キャラクターは可愛いし、何より編集がうまい。

ここまで音楽に「気持ちよく」のせる編集はそう簡単にはできません(新海さんは、作品をつくる時、まず奥様とふたりで登場人物の台詞やモノローグを全て録音するそうです。それに合わせて、絵コンテを切っていく。だから良くも悪くも編集に隙がない。はじめに「音」ありきのまさしくMVの手法なんです)。

 

『MUSIC VIDEO』を大ヒットさせた岡崎体育さんの言葉を借りれば、

「ドンピシャのタイミング」ここに極まれりと言った感じです。

それが頂点に達するのが1:14秒の答案用紙が捲られるシーン。

「答案用紙を捲る」という行為を、かつてこれほどまでに格好良く演出した人がいたでしょうか。

 

『君の名は。』に話を戻します。

 

新海作品特有の「気持ちよさ」のおかげで、観客の多くは瀧と三葉の関係に納得してしまうのかもしれませんが、

新海作品特有の「気持ちよさ」のせいで、制作者たちは瀧と三葉の関係が「ご都合主義」に陥っていることに気づけていません。

いや、気づいていて敢えて放置しているのかもしれませんが。

それが「商業映画」なのだと。

その通りかもしれません。

が、そこで思考停止してしまうことは映像が死ぬことだと私は思います。

 

 

            裏切り者か、開拓者か。

 

 

そこで思考停止しないこととは、例えば、

フランスの映画監督のジャン=リュック・ゴダールについて考えることかもしれません。

 

彼は、よく自身の映画で音楽をフェードアウト(ゆっくり消すこと)を使わず、

不自然なくらい「ブツっ」と切ることで知られています。

映画監督の黒沢清さんは、その理由について「恥ずかしいからじゃない?」と言っていました。

フェードアウトを恥ずかしがる監督と、

RADWIMPSの曲に合わせて「編集を変えた」とまで言ってみせる監督。

2人を対比することは、一見意味がないようでも、何だかとても大切なことのように思えます。

 

新海誠さんが『前前前世』を用いて行ったような「演出」をしないために、

ゴダールをはじめこれまで世界中のありとあらゆる巨匠たちが試行錯誤を繰り返してきました。

「音楽」を使わず、「ご都合主義」に陥らず、退屈させず、愛し合うふたりの距離感をどう見せるか。

今回のようなMV風の演出が、何度か頭をよぎったかもしれません。

それは甘い誘惑だったことでしょう。

でも、そこで嫌々と頭を振って、必死に考え捻出されてきた「演出」は、

新海誠さんの「演出」の前に(興行的に)あっさりと打ち崩されたのでしょうか?

 

先人たちが、私が、誰もそれを「禁止」してないのに意固地になってやらなかっただけかもしれません。

そういう考え方が表現を殺すことはよくあることです。

そういう意味では、新海誠さんは、『君の名は。』は勇気ある開拓者かもしれません。

後に続く者が、これから続々と現れることでしょう。

 

それがいいことなのか悪いことなのか、私にはまだ分かりません。

 

そんな複雑な気持ちで『君の名は。』を観てきたのでした。

 

今回は、あくまで〈「ミュージック・ビデオ」に潜む罠〉という視点から『君の名は。』の感想を書いてみましたが、

新海誠さんの作品については、先に述べた〝セカイ系〟や〝深夜アニメ〟と言った視点からもいつかもっと詳しく書けたらと思います。

 

それでは今日はこの辺で。

 

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