映像におけるロケハンの重要性

 

【ロケーション】

場所位置。「−−がいい」

撮影所以外で実景を背景として行う映画・テレビ・写真などの撮影。野外撮影。ロケ。

【ロケーションハンティング】

ロケーションに適した場所を探して歩くこと。ロケハン。

                     (広辞苑より)

えびの天ぷらがある街

 

東京から鈍行列車を乗り継ぐこと約2時間半。

新幹線や高速バスを使えばもっと速いけど、

途中で見える山や、川や、海などを眺めながら構想を練ったり、

かためたりする時間が嫌いじゃない−−

というよりむしろ重要なので、毎回そうしています。

何より安上がり。

少ない予算での映像撮影においては、ちょっとした交通費もばかにならないので、積極的に切り詰めていきます。

歩けるところは自分の足で歩く。

重たい機材をいくつも担いで。

 

窓の外の景色は、のどかな田園地帯から、徐々に工場地帯へと移り変わっていきます。

幾重にも建ち並ぶ煙突から吐き出されるけむりは、東京に比べてずっと低く、広く、そして青い空に吸い込まれて、いつしか雲との境目が分かりません。

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改札を抜けると、いつもカメラマンをやってくれているNさんが車で待っていてくれました。

この街はNさんの生まれ故郷でもあります。

Nさんは、小さい頃から煙突のけむりが−−厚みのある白いもくもくが、えびの天ぷらにしか見えなかったそうです。

 

毎回お約束のそんなエピソードを聞きながら、その日の映像の撮影現場へと向かいます。

その場の空気

 

 煙突が建ち並ぶ街、SS市。

ある時から私は、自分の撮影のほとんどをその街で行うようになりました。

最初は撮影ではなく、別の用事で訪れたのですが、電車からホームに降り立った瞬間から、次の撮影は−−いや、次からの撮影はここでやろうと決めていました。

先にも述べたように、煙突の群れ、空の低さなど理由は色々あるのですが、一番の決め手その街の「空気」としか言いようのないものです。

理屈じゃないんです。

その場所で何かを撮りたいと強烈に、電撃的に思うということは。

これには結構多くの映画監督や映像ディレクターに共感して頂けると思うのですが、いかがでしょう。

 

でも、例えば先にシナリオなり絵コンテなりがあって、それに合わせたロケハンをする場合(というか普通は断然こちらの方が多いのですが)、

その場所で本当にシナリオもしくは絵コンテ通りの演出ができるのか、

あるいはできないのか、

その辺りのことをむしろ理詰めで考えていかなくてはなりません。

建物のなかに柱が一本あるかないか、窓がひとつあるかないかで、できることとできないことが随分変わってきてしまう

のが撮影というものです。

予算が潤沢にあって、スタジオにセットなんか組むことができれば、柱の一本や二本どかすことも増やすことも簡単なんですけどね。

あ、でも、黒澤明監督が『天国と地獄』という映画のあるシーンでロケを行った時、カメラに映り込む民家の屋根が気に入らず、
東宝大道具部に取り壊させたというエピソードは有名ですよね。

現在も活躍中の大物武闘派監督Mが、見習い時代、カメラマンに

「あの路駐の車のてっぺんが映り込んで邪魔だからどかせ」

と言われたものの、運転手が見当たらなかったため、ハンマーで叩いて凹ませたという〝伝説〟も耳にしたことがあります。

後者の方の真偽は不明ですが、どちらにせよあまり参考になる話ではありません。

 

話を元に戻しましょう。

これはものすごく極端な例ですが、ロケハンでいくら素晴らしい中華料理屋を見つけたからといって、シナリオのなかで主人公の働いている店がフレンチレストランだったら意味がありませんよね。

あなたが映画の制作部(撮影前のロケハンを主に担当する部署)の人間だったら、監督やプロデューサーから大目玉を食らってしまうかもしれません。

本当にシナリオ読んでんのか!と。

監督のなかにはその中華料理屋が気に入りすぎて、強引に設定を変えてしまう人も居たりしますが、それはとても特殊なケースです。

 

%e7%94%bb%e5%83%8f%e2%91%a1tubo15 (イラスト/毛玉)

まず「場所ありき」の撮影

 

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 ロケハンで見つけた中華料理屋が気に入りすぎて、

シナリオにはフレンチレストランと書いてあったのに設定を強引に変えてしまうのは「特殊なケース」−

 

と言っておきながら、私の場合、それに似たようなことがとても多いです。

多くなりました。

SS市と出会ってから。

幸いにも、フリーという立場で、脚本(あるいは絵コンテ)も監督もプロデューサーも兼ねている(というと何だかすごく偉そうですが、要はお金がなくてスタッフが居ないだけです)私に、文句を言ってくる人はあまり居ません。

なので、最近では映像のつくり方自体が少しずつ変わってきたように思います。

以前は、映画ならまずシナリオが、ミュージック・ビデオなら絵コンテがあって、それに合わせたロケハンをするという、

まあごく一般的なつくり方をしていましたが、

「その街」に出会ってからというもの、まず「場所ありき」なことがとても多くなりました。

 

昨年末、ちょっとした撮影でその街を訪れていた時、時間ができたので何気なくロケ地の傍を散歩していました。

そこで私は背景に工場が見える橋を見つけ、その「空気」にすっかりあてられて、夢中でiPhoneで写真を撮り続けました。

東京に戻ってからその写真を見返しているうちに、私の頭のなかにその橋の上で繰り広げられる「物語」がありありと浮かんできました。

場所はもう決まっているので、メモ書き程度のシナリオを書き、翌月には撮影に入りました。

結局、それは30分ほどの短編映画として完成し、先日無事に公開されました。

そういうことがあってから、ミュージック・ビデオの場合も、絵コンテを描く前にまず気になった場所を1日、あるいは2日くらいかけてひたすら歩き、

ここだと思える場所に出会ってからデスクワークに入るというやり方が圧倒的に多くなりました。

ロケハンで撮った写真を見返しながら、「場所と場所を繋げる」ような感覚である種の「物語」を立ち上げるのです。

 

ただ、繰り返しになりますが、このやり方はあくまでフリーという今の自分の立場だからこそできることでもあります。

大規模な商業作品などでは、お金を出す側をある程度安心させるために脚本やら絵コンテやら企画書を書くという側面もあるので、

「すみません、そういうのはまだ書けてないんですけどとりあえず自分の撮りたい場所を探してきていいですか」

じゃ通用しません。

 

大胆に画面を引き直す作業

 

 とはいえ、そうした製作体制の大小に関係なく言える部分もあります。

それは、シナリオや絵コンテというものは勿論映像の大事な設計図ではあるけれど、それに縛られすぎると設計図以上のものには決してならなくなるということです。

フレンチレストランを中華料理屋に、とまでは言いませんが、、、時には設計図から解放され、大胆に図面を引き直してみることも大切です。

 

作家の村上春樹さんは、デビュー作『風の歌を聴け』でオリジナルの文体を獲得するために、まず日本語で書き、それを英訳し、それをまた和訳したといいます。

ロケハンで感じた「空気」を大胆にシナリオに取り入れていくことは、何となくその作業に似ているのかなと思います。

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