女性ディレクターが求められていた現場での話

ライズプランニング

今回は実際にキー局の昼間の報道・情報番組を担当している40代の女性ディレクター、Nさんにディレクターのお仕事に関してインタビューをさせていただきました。

実はNさん、AD(アシスタントディレクター)の経験をせずにディレクターになられているんです。

 

そこには今のテレビ業界で「女性のディレクター」が求められている理由が隠されていました。

ここからはNさん自身にお話していただきます。

 

ディレクターになったきっかけ

 

私は美術大学で学んだのですが、卒業して1年ほど、油絵を描いて生計を立てようと思い、その道を模索していました。

食べていくならデザインなどもやらなければならないと思っていましたが、当時は作品をアピールするとか、自分を売り込むのに必要なスキルがなかったんです。

ひとりでただひたすら絵を描いていたって、誰にも見てもらえませんよね。
営業能力を養わなきゃいけない、と思いました。

 

まったく知らないところへ行って知らない人と喋るための技術や耐性、そういうものを身に着けたいと思い、テレビの仕事に目を向けたんです。

映像なら、自分の専門分野とそう遠くないとも思いました。

 

テレビ業界初仕事がディレクター業

 

最初に配属されたのは夕方の報道番組でした。

なんと、いきなりディレクターやれと言われたんです。
街録(街へ出て人の声を録ること)へ行ってほしい、と。

もちろん今までそんなことやったことないですから、訳が分からなくて、ディレクターなのに、カメラマンに全部教えてもらいました。

カメラマンがカメラを持ちながら、私の背中を肘で押して指示するんですよ(笑)

 

VTRがどうやって完成するのかとか、基本的なことも全然分からない状態でした。

映像があって、それに合わせて原稿を書くんだと思っていたんですが、順序が逆なんですよね。

原稿に基づいて映像を録る。最初に原稿ありきなんです。

 

でも当時は、そんなことも知りませんでした。

ちなみにインタビューのコツについてはこちら:テレビの街頭インタビューのコツ

 

 女性ディレクターが欲しがられていた理由

 

入ったのは報道番組です。報道の1コーナーを担当しました。

少子化問題など、女性と子供にまつわるテーマを取り上げる枠で、不妊治療のことや、女性たちはそれぞれの立場でどんな苦悩を抱えているのかなど、硬派なテーマを扱っていました。

現場ではそういうテーマを扱うために、女性のディレクターが欲しかったんですね。

 

そこに私が来たので、ディレクターの位置に早速配置されたんだと思います。  

なので、入って間もないうちからフル稼働でした。

病院へ取材に行ったり実際に不妊治療を受けている人に話を聞き、地方へ飛んで、養子縁組の当事者の方に取材したりもしました。

取材先も自分である程度考えて探して、自分でアポイント取りました。

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あの頃、ほとんど休みはなかったですね。

土日も、たとえば病院の先生の講演などがあったら、勉強のためにそれを聞きに行ったりしていました。

新聞で関連記事を見つけると、病院にコンタクトを取って先生を紹介してもらい、そのツテでさらに患者さんを紹介してもらって…というような流れで、協力者を探したりしていました。

オンエアが終わったらすぐ次の仕込みをしなければならないので、休む暇がなかったです。

 

プロデューサーにディレクター業を教わった

 

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そうやっていきなりディレクターとしての仕事がふられたので、正直、風当たりが強いなと感じてもいました。

悔しかったので、分からないことは直接プロデューサーに聞きに行きました。

 

プロデューサーは、ディレクターからすると立場的にはだいぶ上の人なわけですけど、ぐずぐずしているヒマはないし、分からないままでは仕事はできない。

教えを請いに行き、助けてもらいました。

 

女性アナウンサーが、コーナーのチーフディレクターも兼ねていたので、一緒に取材に行くんです。

原稿は私の担当でしたが、原稿なんて書いたこともなくて、丸一日悩んだりしていました。

 

VTRのオンエア時間は3分、録画してきた素材映像は10分ある。

それをどうやって3分という時間内に収めたらいいのか、そういうこともプロデューサーに逐一教えてもらいました。

 

 ディレクターの仕事の過酷さ

 

その報道番組は2,3年やり、その後、今就いている昼の情報番組に移りました。

順番は逆ですが、慣れるために、この番組で初めてAD業務を3か月経験しました。

 

その番組は局の制作ではない、制作会社が作っている番組だったので、手続きなどいろいろ勝手が違うことが出てきて、戸惑ったりもしました。

 

その後ディレクターになり、いくつかのコーナーを担当した後、特集コーナーを担当するようになりました。

デイリーのニュースをやりつつ、特集も制作するんです。

 

特集はもうひとりのディレクターと分担していて、1週おきに自分の番が回ってくるというサイクル。

ですからしょっちゅうロケに行っていて、ほとんど自分の机にはいませんでした。

 

局に泊まった翌日、放送が終わってすぐに「じゃ、ロケ行ってきまーす」ということもよくあって、飛行機に乗ってすぐ爆睡、止まってハッと起きると、それが離陸前なのか着陸後なのかわからないこともあったりしました。

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そうやって特集コーナーを作るのですが、緊急のニュースが飛び込んできたら、用意していたその枠に緊急ニュースを入れることになるので、いちから新しい原稿を書かなくてはいけなくなります。

朝だろうが深夜だろうが、いつでも入ってきますから、毎日やらなければならないことばかりでした。

 

 仕事はディレクター業だけじゃない

 

 特集コーナーの作り方ですが、

たとえばブランド野菜がテーマのときは、視聴者が手に入れられるよう、都内で売っている場所があるということがまず第一条件。

そこからスタートして、作る人までたどっていくリポーターと2人でロケに行くんですが、2人の場合は当然ですが私が映像を録ります。

ロケ隊の基本は

  • ディレクター
  • リポーター
  • カメラマン
  • 音声さん

の4人。

音声さんは照明さんを兼ねることがあります。

 

でも、カメラマン、音声さんが行かないときは、ディレクターはその役目も担います。

デジカメや三脚など、とにかく荷物が多いんです。

そんな中で苦労して録ってきたものを編集マンに見せると、なんじゃこりゃ!欲しい映像がない、と言われたりする。

そうやって叱られながら勉強しました。

 

途中で音を消してしまったり、いろいろ失敗しました。

夜中にプレビューしていたらテープが切れて、何人ものスタッフに「すみません、切れちゃって」と連絡したこともありました。

ディレクターなのに、ディレクターをやっていくうちにカメラもびっくりするほどうまくなりました。

 

ディレクターを続けられている理由

 

 今は主にニュースを担当しています。

 

常に仕事の切り口を考え、職場の仲間と話し合い、構成もしっかり考えて作っているので自分の担当している番組をとても誇らしく思っています。

とは言うものの…今も完璧に自信があるわけではありません。

 

自分の本業は絵だと思っているところがあって、だけどそのおかげで、あぐらをかかずにテレビもずっとやってこられている。

絵がなかったら、もっと「負けて」いたと思います。

何かあっても「自分には絵がある」と思うことで、心折れずにやってこられた。

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たまに嫌な思いをすることがあっても、「しょうがない。そりゃできないこともあるけど、だからって自分はダメな人間じゃない」と思えている。

退路がないと思ってしまったら、くじけて、どこかで辞めていたかもしれない。

 

でも、ここだけじゃない、と思うことでずっと続けてこられた

 

 

何か得意なものをひとつ持っている人は強いと思います。

これだけは人に負けないというものを持っている人は、テレビの仕事に限らずどんな仕事をしていても折れないんじゃないかなと思います。

何でもいいと思います。何かにすごく詳しいとか。

そういうことは気持ちを保っていくうえで、すごく大事だと思います。

 

まとめ

 

インタビューを受けてくださった女性ディレクターのNさん、ありがとうございました。

 

今、テレビの仕事の現場ではNさんのようにADの経験を経ず、ディレクターを任されるようなことがあります。

それだけ女性のディレクターが欲しがられている、つまり、女性目線で作りたいと思う番組の内容が増えてきているんです。

 

女性でテレビの仕事なんて大変、家庭と両立はできるのか?と考える人も多いと思いますが、きちんと両立をされていらっしゃる女性ディレクターの方、スタッフの方もいらっしゃいますし
女性がテレビ業界で働くことは稀なことではなくなってきているのではないでしょうか。

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