テレビで放送されている番組には、ほとんどに台本があります。台本が存在する…って聞くと、こういう疑問がわきませんか?
ドキュメンタリーにも台本があるなら、それは「やらせ」になるんじゃないの?
台本があるなら、なぜ、視聴者が不快に感じるコメントややりとりが放送されるの?
今回はテレビ番組の台本について、書いてみたいと思います。
台本がある番組とない番組
台本がある番組の主たるものをあげてみましょう。
スタジオで収録するもの。出演者が居るものには台本があります。
- ニュース番組
- スタジオとVTRで構成されている情報番組
- トーク番組
- グルメバラエティ
- クイズ、ゲーム番組
- 歌番組
- ドラマ
それに、企業や店舗の密着番組にも、台本があります。
こうして書き出してみますと、ほとんどの番組に台本がありそうですね。
では台本がない番組は…
- 街録などインタビュー
- 固定カメラをセットして定点観測
- 街録から辿っていく一般人のドキュメンタリー
- ディレクターが取材対象を探して、そのまま密着するもの
例えば、
- NHK「ドキュメント72時間」「100カメ」
- テレビ東京「家、ついて行ってイイですか?」「YOUは何しにニッポンへ」
- 中京テレビ「ヒューマングルメンタリー オモウマイ店」
などのVTR部分は台本がありません。
町のなかで、おもしろそうな取材対象を見つけて、そのまま密着させてもらうような番組や、カメラを据え置いてウォッチングをするような番組には台本は不要なのです。
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台本には何が書かれているの?
台本には、映像パートと音声パートが分けられて書かれています。
映像にどんな音声(ナレーションなのか、誰かのコメントなのか)がかぶさってくるのか、対応するように書かれています。
映像のパートは、簡単な絵が描かれることもありますが、たいていはテキストです。
台本はなんのため?
台本は、構成台本とか、ロケ台本と呼ばれます。
スタジオ収録ものだと、スタジオ台本といいます。
ロケに出る前、収録前に、ディレクターとプロデューサーはこの台本でチェック。
チェックするのは、撮るべきものがちゃんと入っているかどうか。
例えば…
- 企画やテーマに沿っているか
- 情報に抜けがないか
- 演出が過剰ではないか
- 撮影する場所に許可が必要なところはあるか?
この台本があることで、ディレクターは撮影しなくてはならない要素を整理し、何をどう撮るのか、撮り方や必要な機材を考えることになります。
プロデューサーチェックがされると、撮影スタッフと番組進行のMCに配布され、それぞれが撮影に必要な準備をします。
MCは、番組によっては、台本通りに読まなければならないものもありますし、言うべきことを抑えていれば、細かい文言は任せられる場合もあります。ベテランMCですと、流れを抑えておいて、自由に采配を任されている人もいます。
ゲストや取材対象者には、この台本を見せることはありません。
あくまでも、台本は番組の方向性や撮影の役割分担をスタッフと進行役が共有するためのもの。
ゲストや取材対象者が台本を見てしまうと、過剰に意識したり、コメントを覚えようとします。
台本に書かれているのは、こういう質問をしたら、こういう返しがあるだろうという想定のもの。こう言わせなくてはならない、というセリフではありません。
取材対象者には、自分の考えていること、思っていることを自分のことばで回答してもらう。それが台本に書かれているコメントと違っていてもかまいません。
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台本は誰が書いている?
台本は、構成作家が書くこともあれば、ディレクターが書くこともあります。
バラエティ番組は構成作家が書くことが多く、ドキュメンタリーや密着はディレクターが書くことが多いようです。
ディレクターは1本の番組に関わる時間が長いため、番組にのめりこんでしまうのですが、
構成作家は同時に複数の番組に関わっているため、今どき感のある表現や演出の引き出しがたくさんあります。
構成作家に書いてもらうことで、意外な視点や展開が期待できます。
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ドキュメンタリーに台本は必要?
ドキュメンタリーにも台本があります。
台本がある時点で、それはドキュメンタリーではないのではないか、と言われます。
ここまで読まれていただくと、イメージできるかと思いますが、
構成台本やロケ台本は、ドラマのようなセリフが書かれているわけではありません。
台本というものがあると、そこに書かれていることを撮らなければならない、と思われているのですが、そういう役目ではないのです。
番組には必ず、起点と終点があります。
起点というのは、
いま、なぜ、この人を取り上げるのか?という着眼点を明確にすることです。
世の中で問題となっていること。あるいは、まだ気づいてないけど、これは問題なのではないか?と視聴者に投げかけることです。
終点は、それがどうなったのか、あるいは、今、どうなっているのか、という着地点です。
起点と終点は、テーマに沿って一本につながっていなければなりません。
もし、台本がなければ、撮影中に予想だにしないことが起きたり、面白いことが起こったりしたら、そちらに流されてしまう可能性があります。
長く密着することで、ディレクターが取材対象者に思い入れを持ってしまうかもしれません。
ディレクターが目先の撮れ高に惑わされず、取材対象者にのめりこまないためにも、台本は必要で、台本をみることでディレクターは冷静になれたり、俯瞰できたりするのです。
当初、想定していた着地点とは違う結末になったとしても、起点から終点までテーマがつながっていれば構いません。それが事実ですから。
台本があっても、炎上するのは?
台本があっても、生放送の場合は、その場の流れやMCとの関係性によって出演者がことばのミスチョイスをしたり、視聴者にとって不快なリアクションになってしまったり、ということがあります。
出演者の言動が編集できるVTRものであっても、ディレクターやプロデューサーの感度が視聴者とズレていることもあります。
テレビ番組は人が作っているものですから、ときには外れたことを言ったり、不快なことをしたりというのは避けようがないことなのです。
どんなにトレーニングをつんだアナウンサーであっても、言い間違えることがありますから。
今回はテレビ番組の台本について書いてみました。ロケ台本のボリュームが大きかったですね。またの機会に、スタジオ台本について書いてみたいと思います。