テレビ業界の裏話

デキるADではなかった僕がディレクターになれた理由

AD3年目でディレクターに昇格したYくん。

周りからの評判がいいのですが、会社に入った当初は「あいつは大丈夫か?」と心配されていました。

 

今は頼りがいのある先輩で、仕事も安心して任せられる彼ですが

新人のころから優秀だったわけではありません。

 

彼のように「できないやつ」と思われていた子が

デキるディレクターになることもあるんです。

 

今回はそんなYくんに話を聞いてみました。

 

Q.会社に入社した経緯は?

 

映像制作の専門学校を卒業して、情報番組のADになりました。

 

僕は札幌で生まれて札幌育ち。

就職も札幌でしたかったので、札幌にも支店のある制作会社、札幌で働ける制作会社が第一志望でした。

 

いずれは東京でも働きたいなと思っていましたが、最初から東京で働くのは不安があったし、

家族と離れるわけにいかなかったので、地元でテレビ制作の仕事をしたかったんです。

 

専門学校の先生に札幌でも働ける会社を紹介してもらって、試験と面接をうけて入りました。

 

バラエティ番組にも興味があったのですが、札幌で制作されているバラエティ番組って少ないんです。

 

バラエティの制作をするなら東京へ出ていく必要があるんですが、その勇気はなかったし、

なにより自分の性格がバラエティ番組のような明るい性格とは言い難くて、その不安が大きかったんです。

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Q.今担当している番組の仕事内容は?

 

担当番組は月曜日から金曜日の夕方16時から19時の生放送です。

 

東京キー局なら同じくらいの時間帯の番組だと、100名以上関わっていると思いますが、

ローカル局だとその半分の50名くらいではないでしょうか。

 

チーフプロデューサーやプロデューサーは局員さんですが、

それ以外のディレクターやアシスタントディレクター、タイムキーパーさんは制作会社からの出向です。

 

僕と同じ会社の先輩は

  • ディレクターが3人
  • 先輩ADが2人
  • 同期が1人

それ以外は他の会社の人たちですが、違う会社だからといって仕事に支障はありません。

 

どの会社であっても仕事を教えてくれますし、同じチームの人とは放送終わりに飲みに行ったりします。

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Q.札幌の制作会社ってどのくらいあるの?

 

札幌の場合、制作会社は50社くらいあるようです。

 

  • テレビ局の系列の制作会社
  • うち(ライズプランニング)みたいな東京に本社がある会社
  • 北海道に根付いている制作会社

など。

 

カメラや照明だけの技術の会社だったり、タレントの会社だったり、

テレビも制作しているけどCMとか企業向けの映像を作っている会社もあります。

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Q.新人の頃に苦労したことは?

 

人見知りが激しくて、初対面の人とは何を話していいか分からない。

仕事に行っても挨拶ひとつできなかったんです。

 

プロデューサーさんが気を遣ってくれて(今、思い返すと、当時は何も気づいていませんでしたが、周りがものすごく気遣ってくれてたんだな、と思います)

隣の机は同じ会社の先輩ディレクターでした。

 

出勤したら隣の先輩に「おはようございます!」って挨拶すればいいのに、

当時の僕はいつ声をかけていいのかわからなくて、先輩と目が合ったら会釈してました。

 

目も合ったし会釈してるからそれでいいんだろうな、ってずっと思っていたのですが、

先輩からは後で「目はあっても挨拶しなかったよね。」と言われました。

 

共通の話題もなくて、何を話せばいいのか見つけることもできなくて、

仕事がない時間とか先輩から声をかけられたときとかは、緊張マックスで固まってました。

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Q.今、新人ADの頃と比べて思うことは?

 

今はその先輩とも当時のことをネタにしてもらって冗談も言い合えるし、

仕事の相談もできるようになったし、企画やロケの構成や編集でアドバイスをもらえるようになりました。

 

なぜ新人AD時代は返事や話さえもできなかったのかっていうと、

声をかけるタイミングがわからないのと、年齢が一回りも上の先輩だから、何を話せばいいのかさっぱりわからなかったんです。

 

学生の頃は年上の人って、親か学校の先生しかいなかったので

それ以外の年上の人がよくわからなかったんですね。

 

今にして思えば挨拶なんて仕事の部屋に入ったらだれかれ構わずすればいいんだし、

話題なんて昨日見たテレビ番組だっていいんだし、昨日食べておいしかった店とか、映画とかゲームとかライブとか野球でいいんですよね。

 

友達や親と話すことと変わりないんですけど、妙に構えてしまってたんです。

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Q.自分から話しかけれるようになったきっかけは?

 

あいさつできるようになったきっかけは、仕事で認められた感触があったから。

 

今担当している番組は、ADの間にいろんなことをやらされるんです。

 

最初はスタジオのフロアー業務のアシスタント。

 

スタジオにはフロアディレクターといって、スタジオの司会者や出演者に指示するディレクターがいるんですが

そのアシスタントはCM入りまでのカウントをしたり、カンペを出したり、スタジオで出す消えモノ(試食用の料理)や、小道具を揃えたりします。

 

そのあとは中継のアシスタント。

天気のコーナーは毎日あって、テレビ局のエントランスとかサテライトスタジオと呼ばれる町なかの中継ポイントがあったり、

たまに公園とかイベント会場から中継することがあります。

 

例えば雪まつりとかライラックまつりの大通り公園とか。

中継のときは局のスタジオの副調整室からの指示を受けて、スタンバイをしたり「あと○秒で中継スタートです」とカメラマンさんやレポーターに声をかけたりします。

 

そういった仕事をこなしながら、自分の仕事に対して自信がついてきて

挨拶も自然とできるようになりました。

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Q.生放送の番組は怖い?

 

生放送の番組は自分の失敗が番組に影響してしまう、考えてしまい怖いです。

 

最初のうちは生放送の緊張感に慣れなくて

「今、やらなければならないこと」がとっ散らかって、フロアディレクターやチーフADに怒鳴られてばっかりでした。

 

それが怖くて余計てんぱったりして。

でも、だんだん慣れてくるんですよね。

 

生放送は一度にやることが多いのですが、動きを覚えると動きながら「次はどうしよう」とか「周りは何を求めているんだろう」って考える余白ができてくるんです。

 

スタジオや中継の補助に慣れてくると、今度はVTR制作の方にまわされます。

 

エンタメやスポーツの編集作業を手伝ったり、テロップの原稿をチェックしたりします。

それから企画コーナーのリサーチやロケの段取りをしたり、企画案を出したりします。

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Q.リサーチのやり方やロケの段取りは誰かが教えてくれた?

 

リサーチや段取りって誰かが教えてくれるわけではなくて、自分で調べたり、先輩に相談して自分から動かないと何も進まないんです。

 

なにも知識がないし知恵もないから、どんなに頑張ってもたかが知れてるんですよね。

 

だから先輩に自分から聞いて教えてもらわないと、どんなに時間があっても足りないんです。

 

ネットで調べればいいこともあるんですが、聞いたほうが早いことの方が多いし、取材先の人に聞いたりお役所に聞いたりも必要なんですが、

そういう人たちは時間が限られてるんです。

 

限られた時間のなかでどうやって自分が欲している情報を聞き出すのかというのは、質問の立て方に工夫が必要なんですよね。

 

最初は何も自分から発せられなかったんですけど、仕事と割り切ればできることがみつかったんです。

 

隣の先輩には何を話せばいいかわからなかったけど、取材なら見ず知らずの他人に質問することができた。

質問したら教えてくれたり、答えたりしてくれた。

 

それを先輩に報告したら、先輩が自分の話していることを聞いてくれるようになったんです。

 

業務や仕事の報告とはいえ、ちゃんと聞いてくれているのが実感できるようになって、

「今度はもっと撮影に活かされる質問をしよう」とか

「今度はちゃんとロケのスケジュールを立てれるくらいのタイムスケジュールを聞いておこう」とか

「店長さんの名前をフルネームと漢字を確認しておけばテロップ打つときに聞き返さなくていいな」とか。

 

そんな風にしていたら先輩から「助かった、ありがとう」って言ってもらえたんです。

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Q.仕事量が増え、企画も任されるようになった?

 

頼まれたことや指示されたことであっても、プラスちょっとしたことを確認しておくだけで先輩が喜んでくれるんだなって感じたら、仕事が楽しくなってきました。

 

それから隣の席の先輩とも話しがはずむようになってきたんです。

 

半年くらいたつと、企画案が通るようになりました。

それまで全然引っかからなかったのが、

10回に1回、5回に1回、3回に1回…といった打率で、企画がどんどん通るようになっていったんです。

 

今思うとそれもプロデューサーが僕にやる気を起こさせようと通してくれた企画もあったと思います。

 

先輩のアシスタントをやるよりも自分で企画をつくる方が楽しいので

「アシスタントは嫌だ!早くディレクターになりたい!」という欲もでてきました。

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Q.新人のADたちからも慕われてますよね

 

今は企画コーナーを任されて、後輩を指導する側になっています。

 

挨拶もできなかったし何をしていいかわからなかった自分なので、挨拶できない気持ちもわかります。

後輩には自分から声をかけるようにしています。

 

悩みを抱えていそうな後輩には、こちらから水を向けて話しを聞いてます。

 

まだまだディレクターとしては教わることが多いですが、新しいコーナーを立ち上げたり、特番とかも手掛けるようになりたいです。

 

全国から札幌に人が来てもらえるようなそんな番組が作れるといいなあと思ってます。

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テレビ制作歴25年。テレビの業界の内側と、テレビ番組の裏側をわかりやすく発信していきます。


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